海外で違う言葉にふれていると、日本語の感覚すら洗練されたの気づいて驚く。
一時帰国の直後は、日本語で会話することが非常に疲れていた。
それも一週間ぐらいで大丈夫になった。
それからしばらくすると、自分の日本語会話の感覚がより洗練されたように感じるようになった。
会話の中での文脈というか流れというか、そういうものが以前よりもはっきりと分かるようになった。
例えば人と喋っていて、言葉で考えると言うよりも、言葉で感じる。
何を言ったかは正確には覚えていなくても、その場の雰囲気やその人の感情と言った目に見えない部分の会話の能力が高まっているように想う。
この感覚も、海外で生活した副産物だなと嬉しく思う。
そういえば、オイラの好きな夏目漱石もパリに数年間留学したという。
そういわれると彼の小説を読めば、一般の日本人にはわかりにくい微妙な感性が含まれているような気がしていた。
それも、海外生活によって培われた繊細な言語感覚が影響しているのかもしれない。