経験から。
生きた会話の中でないと、
言葉の感覚的理解は難しい。
生きた言葉を聞かないと、赤ちゃんは言葉を覚えないようだ。
育児放棄されて、テレビしか見ない赤ちゃんは、言葉を覚えるのが遅くなるという。
生きた言葉で覚えないと、言葉の感覚的理解は難しいようだ。
自分も実際北京に来て、印象に残った言葉は感覚的な理解がある。
教科書やテレビ、ラジオで勉強しても、あまり身に付かない理解だ。
勉強すれば喋れるようにはなるけど。
感覚的な理解を得るには、ネイティブスピーカーと喋るしかない。
ネイティブスピーカーと四六時中一緒にいられる方以外は、留学しないと、そういった本当の意味の、言霊をもった言語の感覚的理解は難しいのかも。
例えば、thank you. you are welcom. と言う言葉。
ありがとう。どういたしまして。って感じで訳す。
それで問題はない。
それでちゃんと会話できる。
でも、自分がyou are welcomeの意味を感覚的に理解したのは、ネイティブスピーカーと話しているとき。
あなたが来てくれたことはとても嬉しいことなの。
感覚的理解を言葉で表すのは難しいと思うが、そういった感じが、言葉ではなく、その人柄から伝わってきたと言うか。
急に、「ああ、そういうことだったのか」と悟ったと言うか。
言語の持つ感覚的な理解をしたときというのは、不思議な感覚になる。
急に世界が変わったようで嬉しい。
そういう感覚は、経験上生きた会話の中でしか生まれない。